企業やブランドに対する顧客の忠誠心のことを「顧客ロイヤリティ」と言います。また、「真のロイヤリティ」とは、顧客の実際の購買行動(行動的ロイヤリティ)と、企業やサービスに対する愛着や信頼(態度的ロイヤリティ)がいずれも高い状態であることを表します。
「真のロイヤリティ」を持つユーザーを増やし、再購買とLTV(顧客生涯価値)を向上させる取り組み(「顧客ロイヤリティプログラム」とも呼ばれます)は、企業の成長と安定経営のためにも不可欠です。
近年は、インターネットとスマートフォンが普及したこともあり、企業とユーザーの多種多様の新しい接点(タッチポイント)が生まれています。すでに多くの企業が、ポイントや会員サービスなどをはじめとする顧客ロイヤリティプログラムを提供している中で、企業が市場での「差別化」を図るのは簡単ではありません。
この記事では、インターファクトリーでマーケティングを担当している筆者が、「真のロイヤリティ」ユーザーを増やすために有効な、企業の差別化に関する5つのアプローチを紹介します。
顧客ロイヤリティの4象限「真のロイヤリティ」とは?
「真のロイヤリティ」という用語は、Alan S. Dick氏とKunal Basu氏が1994年に発表した顧客ロイヤリティに関する論文の中で、顧客のロイヤリティを、再購買行動(行動的ロイヤリティ)と態度(態度的ロイヤリティ)の2つの軸の高低の組み合わせからなる4つの象限の1象限として示されている指標で、マーケティングの基本用語としても広く知られています。
参考:Customer loyalty: Toward an integrated conceptual framework (Dick, Alan. S. and Basu, Kunal、1994)に基づき筆者が作成
「行動的ロイヤリティ」は顧客の再購買行動を示す指標
上図では縦軸に置いた「行動的ロイヤリティ」は、顧客の再購買行動に基づいて計測する指標です。ここでは、顧客の心理的要素は排除し、再購買という顧客の実際の行動のみに注目します。
「態度的ロイヤリティ」は顧客の思考や感情などの態度を示す指標
一方、横軸に置いた「態度的ロイヤリティ」は、ブランドや商品に対する顧客の心理的な要素を計測する指標です。ここでは、実際の購入行動を考慮しません。
「行動的ロイヤリティ」と「態度的ロイヤリティ」のマトリックスが示す4象限
行動的ロイヤリティと態度的ロイヤリティを2軸とするマトリックスで、行動と態度を複合的に捉えていきます。このマトリックスでは、再購買が多いユーザーが必ずしも企業やブランドに対して忠誠心が高いというわけではありません。
例えば、「近くにその店しかないから定期的に利用しているが、商品には不満があり、そのお店もそれほど好きではない」という場合には、計測時点において図の左上②「見せかけのロイヤリティ」ユーザーであると判断します。
一方、ほとんど利用していないにもかかわらず、何らかの事情で購買に至っていないだけでブランドや企業に対して好意的な関心を持っているユーザーは、計測時点において図の右下③「潜在的ロイヤリティ」ユーザーであると判断します。
「真のロイヤリティ」ユーザーを増やすことが重要
現在は、多くの企業がユーザーとの接点を増強するために、Web広告、SEO、SNSといったWebマーケティング施策を駆使しており、客数の分母を増やすことで、ユーザーを増やして売上を高めようと努めています。
しかし、これらの集客と初回購入率を高めるための施策だけでは、図②の「見せかけのロイヤリティ」ユーザーが増大する可能性があります。そのため、図④の「真のロイヤリティ」ユーザーを増やすための長期的かつ恒久的な施策を同時展開する必要があります。
ブランドとサービスを磨き上げ、市場で突出した存在となることが、「真のロイヤリティ」ユーザー(すなわち、「ファン」)を増やすためには不可欠なのです。
「真のロイヤリティ」ユーザーを増やす5つの差別化アプローチ
いつも同じ店を利用しているユーザーが、その店のファンであるとは限りません。ユーザーの購買行動には必ず動機や背景があり、それらは企業に対する評価の視点ばかりではありません。
◆購買行動における顧客心理(「見せかけのロイヤリティ」の場合)
・別に他社の類似商品でも構わない
「見せかけのロイヤリティ」ユーザーが多い場合、今はたまたま売上があがっていたとしても、顧客の生活環境、市況や競合などの外的要因の変化次第で、突然売上が消滅してしまう可能性があります。
そのため、顧客の心理を理解して、忠誠心の高い「真のロイヤリティ」ユーザーを育成あるいは増やしていく必要があるのです。
◆購買行動における顧客心理(「真のロイヤリティ」の場合)
・他の店や商品(あるいは人)では代えがきかない
・感動する体験は何度でも味わいたい
・期待を裏切られることがなく安心して利用できる
このような顧客心理を生み出すためには、希少性の高い差別化が求められます。
今回は、「真のロイヤリティ」ユーザーを増やすために、企業が追求すべき差別化のアプローチを5つ紹介します。
アプローチ① 良質なコミュニケーション
顧客コミュニケーションの向上はほとんどの企業が取り組んでいる課題ですが、ここでは、より緊密かつ良質なコミュニケーションを取り上げます。顧客との距離が近く、一人一人と向き合うことができる、小規模事業者に最適な差別化アプローチです。
以前、筆者は仕事が終わった後、青山一丁目のとあるバーによく通っていた時期がありました。他のバーと比べて、特別な飲み物や料理があるというわけでもなく、価格も都会のバーならではの高めの設定でしたが、店にはいつ行っても複数の常連客が来店していました。
筆者をはじめとする常連客がその店を訪れていた目的は、マスターの存在でした。職業も性格も異なる客それぞれに対して、マスターはいつも心地よい会話の時間を提供していました。もちろん、それはマスター個人の資質であると言ってしまえばそれまでなのですが、良質なコミュニケーションこそが顧客ロイヤリティの真髄であると筆者が考えるようになった一因でもあります。
実店舗だけではなく、ECでも同様に良質なコミュニケーションを実現している企業もあります。例えば、オンラインショップで商品を購入した際に、商品だけでなく、手書き(あるいは手書き風)のメッセージカードが同梱されていたことはないでしょうか。
このような、システム的なやりとりの中に人間らしさをもたらすコミュニケーションは、顧客のポジティブな印象を引き出すことができます。とはいえ、細やかな対応は、オペレーションコストも高まるアプローチですので、目的と対象を明確にした上で、収益を圧迫しない範囲で可能な方法を工夫して取り組んでみることをおすすめします。
アプローチ② 高機能な商品やサービスの開発
機能が突出している商品やサービスは多くの人の関心を集めます。
先日、YouTubeの口コミ動画を見ていた筆者の目に、「リライブシャツ」という商品が飛び込んできました。「トルマリンなどのマイナスイオンを発生する複数の鉱石の微粉末を練り込んだ塗料を生地に塗布したシャツを着るだけで、筋力を高める効果を実感できる」というのです。
リライブシャツは、人々の健康的な生活をサポートするために開発された日本と米国の特許を取得している商品で、第三者検査機関による試験結果を公開しています。また、購入後は1か月間の全額返金保証もあり、安心して購入できるだけでなく、効果に対する企業の自信が伝わってきます。
筆者も実際に購入して着用してみたところ、筋力の高まりを実感でき、重いものが持ち上げやすくなったように感じています。
高機能かつ目新しい商品は、人々の心を掴みやすくなります。
実際に、リライブシャツは健康志向の筆者の心をがっちりと掴んで離さず、妻や友人におすすめするための贈り物用にも、追加で購入してしまいました。筆者は一回の購入で「真のロイヤリティ」ユーザーとなったのです。
このように、突出した要素による差別化では、先駆者であるという点も重要になるでしょう。市場のニーズがあると分かると、多くの企業が同等の機能を備えた製品やサービスを投入してきます。そのため、新たな商品を開発する際には、特許取得などの法的な対策はもちろんですが、市場や競合の動きを常に意識しておくことが大切です。
アプローチ③ 世界観(ブランドイメージ)の確立
明確な世界観(ブランドイメージ)を打ち出すことで、共感者を増やすことができます。例えば、Apple、Anker、無印良品などの企業は、ユーザーが思わずファンになってしまうような魅力的かつ端的な世界観を築き上げています。
このアプローチは、大手企業だけの特権ではありません。個人事業主や小規模企業の場合でも魅力的な世界観を確立することは可能です。
例えば、環境に配慮したサステナブルな商品を取り扱っているのであれば、そのこだわりを真摯に伝えていく姿勢が、共感するユーザーを引き寄せるはずです。
世界観に共感してくれるユーザーを増やすことで、極端な価格競争を回避でき、優れたサービスを追求する企業姿勢と実現にフォーカスしながらも、市場優位性を保てるようになります。
アプローチ④ 卓越したカスタマーサポートの提供
地域の小規模電気店が、家電大手の店舗の進出にも負けることなく、商売を続けているケースも少なくありません。そうした電気店は、商品販売では家電大手の品ぞろえや価格と同等のサービスを提供することはできませんが、購入後の商品の設置やメンテナンスなどを請け負うことで、その手厚いサポートが圧倒的に支持されています。
参考:日経ビジネス「瀕死だった電器店を蘇らせた決断」(2019年10月10日掲載)
カスタマーサポートは、コールセンターを開設し、問い合わせ対応さえできればよいというものではありません。ユーザーが満足するサービスを提供するためには、以下を考慮することが重要です。
◆ユーザーが満足するカスタマーサポートを提供するために必要なこと(例)
・ユーザーが何を期待しているのかを理解し、求められるサービスが何かを徹底的に考える
・研修などを通じてカスタマーサポートの目的と意義を全スタッフに理解させる
・カスタマーサポートスタッフが臨機応変に判断して対応できるように権限を委譲する
筆者が以前勤めていた英会話スクールでは、「ロイヤリティの高い顧客」を対象に実施したアンケートの回答に、「私は高いお金を支払っているのに大切にされていないと感じる」という声が多く寄せられたことがありました。これは一大事だということで、早速、アンケートの対象者に特典を付与するようサービスを変更した結果、顧客満足度とLTVを高めることができました。
カスタマーサポートサービスを設計する際は、最初にユーザーの声を集めることから始めることをおすすめします。
アプローチ⑤ 希少性の高い感動体験を提供
「そこでしか味わうことができない」という感動体験は、世界中の人々を魅了し、多くのリピーターと好意的な口コミを生み出します。
たとえば、北海道のニセコを訪れる観光客が増えているというニュースがあります。お目当ては、さらさらとした柔らかいニセコの雪で、世界一とも言われる雪質が、ニセコに世界中のウインタースポーツ愛好家を引き寄せているのです。
参考:AERA dot.「冬のニセコはまるで外国 !! 世界一の雪質を求め、各国のスキーヤーが集まる。日本人はどこ ?」(2016年3月16日掲載)
また、東京都・豊洲では、チームラボが手掛ける施設が訪日外国人を魅了しています。
参考:BUSINESS WIRE(ノアドット株式会社)「東京・豊洲『チームラボプラネッツ』、来場者の半数以上が海外からの観光客に。3月からは春限定で桜が咲き渡る作品も」(2023年1月28日掲載)
「真のロイヤリティ」ユーザーを増やすプログラムが重要
商品価格やコストに直結するような施策を多用すると、ブランドイメージや利益に悪影響を与えることにもなりかねません。何事もバランスが大切です。
◆ブランドイメージや売上に影響しやすい施策例
✓価格訴求
✓セールの実施
この記事では、「真のロイヤリティ」ユーザーを増やすために有効な5つの差別化アプローチを紹介してきました。顧客と従業員の満足度を高めることが「真のロイヤリティ」ユーザーを増やすことにつながります。そのためにも、すべての企業が「コミュニケーション」のあるべき形を追求し、実現していくことが大切であると筆者は考えています。
実店舗・ECをはじめとするすべてのチャネルで、双方向のコミュニケーションを図るための方法を検討しましょう。例えばECでは、SNSやメール、チャットを通じたコミュニケーションを比較的容易に実現することもできます。
いずれにしても、顧客に対する理解を深めて良質な対話を増やし、顧客の信頼を獲得することで「真のロイヤリティ」を持つユーザーを増やすことが重要なのです。