クイックコマースとは、ECサイトで販売した食品や日用品などの商品を、短時間で消費者に即時配達するサービスです。
クイックコマースは、スマートフォンアプリが普及して、消費者がサービスに求める利便性と即時性の期待が高まったことにより世界中で急成長している市場ですが、注文商品の超高速配達を実現するための体制や環境、商品管理などのコスト面での課題も少なくなく、日本独自の商習慣などの要因も相まって、日本国内では急成長するまでには至っていません。
この記事では、インターファクトリーでマーケティングを担当している筆者が、クイックコマースについて解説します。
国内のクイックコマース市場の規模(予測)
世界の主要な業界・市場に関する調査を手がける「Mordor Intelligence(モルドール・インテリジェンス)」によると、2026年の日本のクイックコマースの市場規模は46.4億米ドル(約7,424億円※)に達する見込みで、年平均成長率(CAGR)8.70%で拡大を続け、2031年には70.4億米ドル(約1兆1,264億円※)に達すると予測されています(※いずれも1米ドル=160円で換算)。
◆国内のクイックコマース市場規模の推移(予測)
出典:Mordor Intelligence「Japan Quick Commerce Market Size & Share Analysis – Growth Trends and Forecast (2026 – 2031)」のデータを基に筆者が作成
国内でクイックコマースが普及した場合に最も影響を受けるのが食品業界です。経済産業省の調査結果によると、2024年の食品・飲料・酒類分野のEC化率は4.52%で、全産業の平均EC化率9.78%と比べても、EC化が遅れている業界であることが分かります。
出典:経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査の結果を取りまとめました」(2025年8月公開)
巨大な市場を持つ食品業界のEC化が進めば、国内のEC市場全体に大きな影響を与えることは間違いありませんし、食品業界のクイックコマースの需要も高まっていくのではないでしょうか。
しかし、日本でクイックコマースサービスを成功・普及させることは容易ではない、という声もあり、実際に、近年は国内のクイックコマース市場でサービスを提供していた大手外資系企業や国内企業の撤退が相次ぎました。
◆直近で日本のクイックコマース市場から撤退した企業の例
・クイックゲット、2022年10月に業務を停止
・Coupang(クーパン)、2023年3月に撤退
・Wolt(ウォルト)、2026年3月に撤退
これらの企業が撤退あるいはサービスを停止せざるを得なかった理由として、日本ならではの商習慣や複雑な法規制などが挙げられています。
■日本ならではの障壁
なぜ多くの企業が国内の「Qコマース」市場から撤退するのか。日本でQコマース「pandamart」を他社に先駆けて全国展開していたDelivery Hero Japanで新規事業開発本部本部長を務めた佐藤丈彦氏は、日本ならではの細かい法律やルール、出店条件などに課題があったという。
「『Qコマース』で購入単価や利益を確保するためには、商材の幅を広げていく必要がある。例えばタバコは利用頻度の高い商材だが、取り扱いには細かいルールがある。認可を得るには近隣にタバコ販売店がないことが条件になるが、たとえもう営業をしていないとしても、廃業届が出ていない場合など、希望する出店場所で思うように取り扱えないケースもあった」(佐藤氏)と話す。
医薬品や酒類なども限られた出店場所や地域の行政との折衝などを考えると、取り扱うのは難しいケースもあったという。引用:日流ウェブ 日本ネット経済新聞「【クイックコマース】 有力企業の撤退相次ぐ/日本市場開拓には”提携戦略”が有効か(2023年5月25日号)」(2023年5月25日掲載)
例えば、クイックコマースでたばこを取り扱いたいと思っても、認可を受けるためには自社だけでなく他の小売店を含めた状況などの複雑な条件を調査してクリアしていかなければならず、迅速に事業を拡大していきたい企業にとって大きな壁となっています。
国内のクイックコマースの成長が遅れている背景
筆者は、国内のクイックコマースの成長が遅れている背景には、法規制等の障壁に加え、次の2つの背景も影響しているのではないかと考えています。
◆国内のクイックコマースの成長を遅らせている2つの背景
② 配達員の確保が困難で、配送コストも高い
それぞれ詳しく説明します。
① 同一エリア内に小売店舗が複数存在している
特に日本の都市部では、同一エリア内に食品や日用品を販売しているコンビニ、ドラッグストアなどの店舗が複数存在しており、消費者はいつでも気軽に近くのお店に行って商品を手に入れることができます。
◆コンビニ、ドラッグストアの全国店舗数
・ドラッグストアの店舗数:23,723店舗(2024年度)
出典:
・一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会「コンビニエンスストア統計データ」
・ドラビズon-line「【ドラッグストア協会】調剤額前年比8.4%増の1兆5205億円に/JACDSドラッグストアの実態調査」(2025年3月26日公開)
ドラッグストア業界全体の売上高は2024年度に初めて10兆円を突破(10兆307億円、前年比9.0%増)しており、調剤額も1兆5205億円(前年比8.4%増)に伸びるなど、市場そのものが拡大を続けています。
少々乱暴ではありますが、都市部と地方の差を無視して上記の全ての店舗数の合計を単純に47都道府県で割ると、1都道府県あたり約1,697店舗の小売店が存在していることになります。
このように同一エリア内に多くの小売店舗がありすでに消費者の利便性が高い環境の中では、クイックコマースの必要性を感じる機会は少ないかもしれません。
② 配達員の確保が困難で、配送コストも高い
日本の労働人口は減少しており、特に近年の物流・配送業界の人手不足は深刻な問題となっています。下記は、日本の人口推移予測を示したグラフですが、労働力の中心である生産年齢人口(15~64歳)は今後減少すると予測されています。
◆高齢化の推移と将来推計:生産年齢人口の減少
出典・引用:総務省「令和4年版 情報通信白書」
実際に、ヤマト運輸は2024年4月と2025年10月にも運賃改定を実施するなど値上げが続いており、少子高齢化に伴うドライバー不足と賃金上昇を背景としたコスト増は今後も続く見通しです。
2026年4月には改正物流関連法が施行され、一定規模以上の荷主企業に物流効率化の取り組みが義務付けられる、いわゆる「物流の2026年問題」への対応も迫られています。
参考:ヤマト運輸「2025年10月1日(水)から宅急便の届出運賃を改定」
クイックコマースでは、配達員の確保は重要課題の一つです。配達員を確保するために給料を引き上げようとすると、配送料金を値上げする必要が出てきます。しかし、配送料金を高くすると消費者がクイックコマースを利用しなくなるでしょうから、増えたコストを配送料金に転嫁するのではなく、配送効率を高めるなどして全体のコストを抑えていく必要があります。
配送効率を高めるためには、配送拠点の立地環境についての検討もとても大切で、商品のピッキングや運搬などの一連業務を無駄なく素早く行える環境が理想的です。
そのため、クイックコマースでは、「ダークストア」や「ダークキッチン」と呼ばれる小規模の配送拠点の開設が必要になります。
即日配送を実現する小型配送拠点「ダークストア」
「ダークストア」とは、ECサイトで販売した商品の配送拠点として機能する店舗、流通センター、倉庫などの総称で、「ダークキッチン」は、フードデリバリーなどの調理および配送拠点を指します。
ダークストアは、いわば小型の倉庫で、通常の物流拠点に比べてコストを大幅に抑えて設置することができます。しかし、すでにクイックコマースが普及している海外では、それに伴いダークストアが増えたことで、配達員の危険運転や配達用スクーターの騒音などが問題視され始めています。
◆ダークストアが原因で生じている問題
・配達用スクーターの騒音
ダークストアはオフィス街や住宅街などに近い場所に開設されることが多いので、騒音対策と安全に対する十分な配慮が求められます。ダークストアについて、詳しくは以下の記事をご覧ください。
国内のクイックコマースサービス事例
それでは、現在国内で提供されている3つのクイックコマースサービスについて詳しく見ていきましょう。
① 7NOW(セブンナウ)
引用(画像):「7NOW」の公式アプリの商品選択画面
「7NOW(セブンナウ)」は株式会社セブン‐イレブン・ジャパンが、セブン‐イレブンの店舗を配送拠点として運営しているクイックコマースサービスで、最短20分で自宅に商品を届けてくれます。全国規模で実店舗を配送拠点として利用できるのは、大手コンビニエンスストアならではの強みですね。
ユーザーは、7NOWアプリでリアルタイムに店舗の在庫などを確認し、商品を注文することができます。注文を受け付けたら店頭スタッフが専用端末を使ってピッキングした商品を、配送専門業者が自宅に配達します。
7NOWのバックエンド業務は、セブン-イレブン・ジャパンが自社構築したインフラとプロセスを使用して行われているため、配送コストを抑えつつ充実したサービスを提供することができます。
7iD会員データの分析結果によると、7NOWで購入した時の買上点数は店頭購入時の2.9倍、客単価は店頭購入時の3.4倍となったそうです。また、7NOWユーザーの実店舗での買い物が減るということもなく、7NOWは買い物をする際の新たなタッチポイントとして機能しているということです。
参考:流通ニュース「セブンイレブン/ネットコンビニ『7NOW』2023年度・1万2000店に導入」(2023年3月3日掲載)
筆者も実際に7NOWアプリをインストールしてみました。スマホの位置情報から住所情報が自動入力されて簡単に登録することができ、ログインすると近くにあるセブン-イレブンや注文時の配達予定時間などが表示されました。
◆7NOWアプリの配達予定時間の表示
引用(画像):「7NOW」公式アプリのトップ画面
筆者は、コンビニではお弁当などの食品を購入することが多いのですが、コンビニで販売しているほとんどの商品を7NOWでも購入できるため、使い始めるとリピートしたくなる便利さを実感しました。
② OniGO(オニゴー)
引用(画像):「OniGO」の商品選択画面
「OniGO(オニゴー)」は日本初のダークストア型の即配ネットスーパーで、2021年8月に東京・目黒区に1号店をオープンし、現在は東京、神奈川、埼玉、千葉とサービス対応エリアを広げています。
コロナ禍を機にネットスーパーのニーズが増加したことで、多くのサービスが配達時間の短縮に取り組んでいますが、OniGOの最短10分という速さは圧倒的です。
配達エリアを店舗の半径1.5キロメートル圏内としているので、配達には小回りのきく電動アシスト自転車を利用し、ピッキングと梱包に3分、配送に7分という時間配分をルール化することで最短10分の即配を実現しています。
また、同社では、専用アプリをはじめピッキングシステム、在庫管理システム、配達員向けのシステムを全て自社で開発しています。すべてのシステムが無駄なく自社のサービスに合わせて最適化されているため、質の高いサービスの提供が可能となっています。
参考:日経クロステック「10分配送の『ダークストア』で話題のOniGO、システム開発もわずか2カ月と超速」(2021年10月13日掲載)
筆者もOniGOで、食材と日用品を注文してみました。今回は配送時間を指定したため20分ほどで自宅に商品が届きましたが、最速と言われる配送スピードを実感しました。また、注文後から配達が完了するまで、チャット画面で配送状況が通知されるなど、きめの細かいサービスを受けることができました。
◆OniGOアプリのチャット画面
引用(画像):「OniGO」公式アプリのチャット画面
③ カクヤスEXPRESS
引用(画像):カクヤスEXPRESS 王子店(出前館)
東京、神奈川、大阪に酒類販売のチェーンストアを展開している株式会社カクヤスは、2022年2月に新ブランド「カクヤスEXPRESS」を立ち上げて、出前館に出店しました。
出前館以外にも、フードデリバリー/テイクアウトサービスの「menu(メニュー)」にも出店しており、現在は東京と神奈川の一部地域を対象にサービスを提供しています。カクヤスは酒類販売がメインですが、食品や日用品、ペット用品なども取り扱っており、他のクイックコマースと同様に利便性の高いサービスです。
これまでも、カクヤスでは店舗からの自社配送による最短1時間の宅配サービスを提供してきましたが、カクヤスEXPRESSでは専用の宅配拠点を実店舗に併設し、配達をデリバリー代行サービスに委託することで、最短15分という速さで商品を届けることができるようになりました。
まとめ
記事では、日本ならではの商習慣や法規制などが、国内のクイックコマース市場の成長の障壁となっているとお伝えしましたが、それらは決して悪いことではありません。今はまだクイックコマースの必要性を感じないくらい、日本における実店舗での買い物の利便性が高いということの表れでもあるからです。
しかし、今後のEC化が期待できる食品業界の大規模市場は、クイックコマースだけでなくEC業界全体の発展にもつながるはずです。
日本国内のクイックコマースはいまだ黎明期であり、現在提供されているサービスの多くが、対象エリアを都市部などに限定していますが、今後ニーズが高まることで、順次サービスは拡大されていくでしょう。
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