経済産業省が2023年8月に発表したデータによると化粧品・医薬品の業界におけるEC市場規模は9,191億円ですが、EC化率は8.24%であり、他の産業と比べてみてもあまり高くはありません。
化粧品業界においては、主に下記の理由からECサイトの利用率がなかなか高まりませんでした。
・ブランドコスメのような高額化粧品を購入する際は、店頭で実際に試し、スタッフのアドバイスを受けながら安心して化粧品を選びたいというニーズが強い
また、化粧品業界は競争が激化しており、ECサイトを販売チャネルというポジショニングではなく、ブランドを認知させるためのチャネルとして位置づけている企業が多いことも実情でしたが、2020年に流行した新型コロナウイルスの影響により、今後は化粧品業界においてもEC化が進むのは間違いありません。
本日はインターファクトリーで、WEBマーケティングを担当している筆者が、化粧品ECについて詳しく解説いたします。
化粧品・医薬品業界のEC市場規模とEC化率の推移(2014年~2022年)
まずは下記のグラフをご覧ください。化粧品・医薬品のEC市場規模の推移です。なお、本日の解説は化粧品業界を中心に解説しますが、下記のグラフのデータ提供元の経済産業省のデータには化粧品業界で独立したものがないため医薬品業界と合算したデータになっております。
EC市場規模 | EC化率 | |
2014年 | 4,415億円 | 4.18% |
2015年 | 4,699億円 | 4.48% |
2016年 | 5,268億円 | 5.02% |
2017年 | 5,670億円 | 5.27% |
2018年 | 6,136億円 | 5.80% |
2019年 | 6,611億円 | 6.00% |
2020年 | 7,787億円 | 6.72% |
2021年 | 8,552億円 | 7.52% |
2022年 | 9,191億円 | 8.24% |
経済産業省の最新の調査結果より引用:「令和4年度 電子商取引に関する市場調査 報告書(経済産業省)
2022年度の全産業(物販)のEC化率の平均は9.13%であり、化粧品・医薬品のEC化率は8.24%であることから、日本の他の産業よりもEC化が進んでいない業界と言えます。
過去8年の推移を見ると、2016年度に市場規模がやや増加しておりますが、これは2014年6月の薬事法の改正により、一般的な薬品の販売がネットでも販売可能になったことによる影響で、企業がネット販売の体制や環境を整えたことによって影響が出始めたものと思われます。
しかし、その影響も2016年度までで、2017年度以降は思ったほどEC化率が伸びておりません。2020年、2021年には新型コロナウイルス流行の影響により大きく伸長しましたが、物販分野全体でみれば、やはりEC化率は低水準と言えます。
化粧品業界においてEC化が進んでいない現状としては、下記の3つの課題があると筆者は考えます。
◆化粧品業界でEC化が進まない3つの課題
① 販売チャネルが多数あるためEC化が遅れている
② ドラッグストアや店頭販売の利便性に勝てない
③ 化粧品・医薬品業界のデジタルマーケティングの難易度が高い
課題① 販売チャネルが多数あるためEC化が遅れている
化粧品・医薬品業界では、百貨店やドラッグストアなどの店頭販売から、訪問販売、カタログ通販、テレビ通販など、多数の販売チャネルが存在するためにEC化が進んでいないことがあげられます。
また、化粧品のカタログ通販は1990年代からあるため、一見するとネット通販とも相性が良さそうな業界に思えますが、価格が高い商品は、やはり店頭で実際に試してから購入したいという需要が強いことが特徴であることも、EC化が上がらない要因の一つです。
そして、ネット通販では実際に化粧品を試してもらうために「初回実質0円」などとうたう企業も多いのですが、ユーザーの知らないうちに定期購入になっていたことなど、過去に社会問題になったケースがあります。
ネット通販による化粧品市場は一定の需要はあるものの、なかなか利用率が高まらないのは、業界に対してこういった不信感があるからと筆者は考えます。
2022年6月には特定商取引法の改正により規制が強化され、このようなトラブルを引き起こす恐れのあるサイトや表記については厳しい罰則が設けられるなど、詐欺的商法から消費者を守る動きが強まっております。
しかし、直ちに消費者の不信感が払しょくされるというものでもなく、事実、改正後も定期購入トラブルの相談件数は増加しているのが現状です。
参考記事:「おトクにお試しだけ」のつもりが「定期購入」に!?-「詐欺的な定期購入商法」の規制が強化された改正特定商取引法が施行されました!、「定期購入」トラブル急増!!-低価格を強調する販売サイトには警戒が必要!(いずれも独立行政法人 国民生活センターより)
また、一人暮らしの女性は宅配員が直接家に来るのを好まない方が多く、そういった理由もEC化率がなかなか上がらない要因の一つとなります。
課題② ドラッグストアや店頭販売の利便性に勝てない
ドラッグストアは、今や都心・地方を問わず全国に店舗があり、2022年の最新の統計によると全国に2万2,084店舗に達しております。このため、どこにでもあるドラッグストアは極めて利便性が高く、ECサイトよりも便利な存在です。
ドラッグストアでは、若年層を中心にプチプラ(プチプライスの略語)コスメと呼ばれる低価格帯の化粧品のニーズが非常に強く、数百円から化粧品を買うことができます。プチプラコスメで女子高生に最も人気のある「キャンメイク」は直販のECサイトはなく、ドラッグストアや専門店での店頭販売が中心となります。
◆女子高生に人気の化粧品ランキング。1位は「キャンメイク」
データ引用:【10代女子が本当に利用しているコスメブランド】プチプラから憧れ,購入金額を調査!(マイナビ ティーンズラボ)
◆プチプラコスメ大手企業「キャンメイク」のHP
プチプラコスメのような低価格商品は、送料がかかるECサイトで購入すると、店舗で買うより価格が高くなるため、相性が良くありません。
またプチプラコスメは10代の若者だけではなく、会社員の女性にも愛用する方は多く、デパコス(デパートコスメの略語)と使い分けてプチプラコスメを使っています。具体的には下記のような例になります。
会社員の女性Aさん「ピンク色のアイシャドウを試してみたいけど、高いデパコスで失敗したくないから、まずはプチプラで安いものを買ってみよう」
会社員の女性Bさん「派手色のアイシャドウが欲しいけど、会社では絶対無理!となると土日しか使えないからプチプラでいいや!」
このように、プチプラコスメは会社員の女性にも、使い分けができて安く便利な化粧品ということで支持されています。そして低価格化粧品は、送料などを考えるとECサイトでの販売よりも、ドラッグストアでの販売に向いていることが分かります。
そして、デパコスなどの高級化粧品は店頭販売による強いニーズがあります。なぜなら高級化粧品は値段が高いため、失敗はできません。そのため「店頭でスタッフのアドバイスを受けて、実際に試しながら化粧品を購入したい」というニーズが強いのです。
店頭販売であれば、スタッフはその女性の肌にあう、いろいろなファンデーションを紹介したり、メイク方法のアドバイスをしながら商品を提案してくれるため、失敗の可能性が減ります。このような背景からも化粧品業界とECサイトの相性が良くありません。
しかし、2020年の新型コロナウイルスの影響により、感染リスクのある店頭販売の需要が落ち込みました。ドラッグストアに関しては、マスクや日用品の需要増により売上を高まりましたが、特に百貨店などの化粧品売り場では、大きな需要減となりました。
今後は、店頭販売に注力している企業であっても、ECサイトによる販売を強化していくことは間違いなく、利便性が高い店頭販売から、より安全なネット販売へのニーズが増えていくはずです。
課題③ 化粧品・医薬品業界のデジタルマーケティングの難易度が高い
他の業界と比べて、化粧品・医薬品業界のデジタルマーケティングの難易度が特に高く、ECサイトでの売上が伸ばしづらい特徴があります。その理由は2つあります。
一つ目は、レッドオーシャン市場であることです。この分野には資生堂やコーセーなどの国内大手系からP&Gやロレアルなどの外資系、ドクターシーラボなどの通信販売系、さらには富士フィルムのような異業種参入系など、資本力のある多くの大手企業が参入しているため、デジタルマーケティングの広告費も高騰し、効率良くECサイトでCV(コンバージョン:ECサイトでの注文を表す用語)を獲得するのが特に難しい業界なのです。
二つ目は、Googleの「健康アップデート」と呼ばれる検索エンジンのアルゴリズムの修正です。2018年8月、主に健康に関する分野において、Google検索エンジンのアップデートが日本で行われました。その結果、企業の化粧品公式サイトや楽天・Amazonなどのサイトが検索結果の上位に来るようになり、多くの口コミサイト(アフィリエイトサイト)がSEOランキングを下げる結果となりました。
また、2019年3月と6月、さらに2021年5月にも同様のアップデートがあり、化粧品業界のアフィリエイトサイトはSEOランキング上位からほとんど姿を消しました。
化粧品・医薬品業界でよくあるマーケティング手法としては、アフィリエイターに口コミサイトを作ってもらい、そこからECサイトへの導線を設けてCVを獲得するケースが多く、企業によっては月に1万件以上をアフィリエイト経由でCVを獲得しているケースもありました。
アフィリエイトサイトより、公式サイトやECサイトが上位に来れば、化粧品企業の売上が伸びると考える方もいるかもしれませんが、実際の女性ユーザーはWEBの口コミを購入決定の重要な要素としており、自社ECサイトを直接露出するより、アフィリエイトサイトを経由させるほうが、売上が伸びるケースが多いのです。
こういった背景があり、Googleの検索結果は(特に化粧品を含む健康分野において)上位のサイトに信頼できないものやウソが多くなり、2016年11月に社会問題化しました。
このような社会問題をGoogleも無視することはできず、健康分野(化粧品を含む)に関して、日本の検索ランキングのアルゴニズムにアップデートを加えました。これにより、信用性のないサイト(主にアフィリエイトサイト)の口コミ情報が上位にランキングしにくくなり、化粧品業界のECサイトの売上も上げづらくなりました。
さらに、Yahoo広告にも多くのアフィリエイトサイトの出稿がありましたが、2019年6月よりYahoo広告へのアフィリエイトサイトの出稿が禁止となりました。このような動きを受けて、化粧品業界においてはアフィリエイトでCVで売上を伸ばすのは相当困難になったのです。
資料では、この記事で紹介した他にも、化粧品・理美容品業界にありがちな3つの課題の解決方法を紹介しています。ぜひご覧ください。
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化粧品業界で影響力の強いインフルエンサー
化粧品業界は、インフルエンサーマーケティングの影響力が特に強い業界です。化粧品やファッションをInstagramやYouTubeで紹介するインフルエンサーが多く存在します。
例えば、有名なYouTuberで84万人超(2023年5月時点)のチャンネル登録者数を持つインフルエンサーの「ゆうこす」さんは、プチプラを使ったメイクの動画をInstagramでも紹介しており、彼女が使ったプチプラは大きな反響を呼ぶと言われています。
Googleのアップデートにより口コミサイトからのアクセスが減った分、若年層向け化粧品のマーケティングでは、このようなインフルエンサーと良い関係を築き、自社の商品を宣伝してもらうことが非常に重要になってくるのです。
それでは、このような3つの課題のある中で化粧品EC各社の動きを見てみましょう。
化粧品ECの大手5社の動向
化粧品各社のECサイトやデジタルマーケティングの動きを、昨今のニュースやプレスリリースを元にまとめてみました。この記事だけでなく、参考にしたリンク先の記事とあわせてご覧ください。
① 資生堂
資生堂の化粧品は、年齢層によって最適な化粧品を揃えていることが特徴です。そのためデジタルマーケティングの戦略は「リーチできない層を無くす」ことが骨子となり、テレビなどのマス広告を中心としていましたが、スマホなどの広告出稿やオウンドメディア、SNSを立ち上げ、マス広告とデジタル広告を合わせたKPIを作り、マスとデジタルの融合を図っています。
また、広告のリーチを拡大しながら、一人ひとりに最適化した広告を配信することで、売上の最大化を考えています。つまり資生堂では、ECサイト(watashi+)は売る場所でもありながら、製品を知ってもらう場でもあり、ECサイト単独の売上にシフトするという考え方ではなく、店頭販売も含めマスとデジタルを融合して、ブランド認知を高める施策をとっているのです。
参考記事:資生堂の小出氏が語った、マス広告メインだったブランド企業の本気のデジタルマーケティング(Web担当者Forum)
② 花王
花王は積極的にECサイトを使ったデジタルマーケティングを行っております。下記記事によると、花王は楽天市場にも出店し、楽天市場には先行商品を投下して、自社ブランドで楽天ランキング1位を獲得するなど、ECサイトを使った話題作りに成功しております。
また、ユーザーからの口コミから新たなインサイトを発見し、それをプロモーションに入れて売上を伸ばすなど、ECサイトを使った非常に効果的なマーケティングを実施しております。
③ オルビス
オルビスでは、店頭スタッフがECサイトで商品をリコメンドする取り組みをしております。筆者もオルビスのサイトを見ていましたが、スタッフが書き込みを行うブログ形式のような「Style Share」というコーナーがあり、自社商品の特徴を実際のスタッフが説明しております。
◆オルビスのStyle Share
画像引用先:Style Share
昨今は、実際の店舗スタッフがECサイト上で接客を行うコンテンツが増えております。例えばオルビスの店舗スタッフと仲良くなったユーザーは、ECサイトに訪れてお気に入りのスタッフの投稿を見て商品を買うなど、スタッフを通したOMOと言えるでしょう。
参考記事:オルビスが店頭スタッフの知見をECサイトに活用、美容部員が商品を紹介する「Style Share」をスタート(ネットショップ担当者フォーラム)
④ DHC
DHCでは、ECサイトでの販売も注力するため「オリーブチャンネル」というオウンドメディアを開設しました。DHCは、テレビや電車広告など、マス広告にも力を入れており、マス広告で関心を持ったユーザーを専門サイトで囲い込む戦略をとっています。
オリーブチャンネルでは、直接的な販売を目的としておらず、美容や健康に関する情報を日々発信することで、DHCブランドのファンを獲得することを目的としています。
⑤ ファンケル
ファンケルは、WEBや通販、店舗の顧客データをそれぞれ独自で管理しており、システム連携はしておりませんでしたが、IT基盤を刷新することで、システムを統合し、ユーザーにチャネルを意識させないオムニチャネル戦略をスタートしました。
これにより、化粧品の使用感を店舗で体験して、まとめ買いはWEBで購入するなど、ユーザーの利便性が高まりました。社内でも、ユーザーから問い合わせがあった場合は、別々の顧客情報にアクセスして、応答に時間がかかっていましたが顧客情報のシステム統合によりレスポンスの改善にもつながったと、下記記事には書かれております。
化粧品ECのまとめ
本日は、化粧品業界(一部医薬品業界にも触れましたが)のEC市場や、各社のECサイトの動向について解説しました。
2019年までは、化粧品業界の大手では、国内EC化率を高めるよりはECサイトをチャネルの一つとして使い、店頭販売などあらゆるチャネルで販売強化していく動きが強かったのですが、2020年に流行した新型コロナウイルスの流行により、ECサイトの利用率も高まりました。下記をご覧ください。
◆新型コロナウイルスが化粧品業界に与えた影響
・リモートワーク普及、ステイホームによる化粧需要の低下
・マスク着用による化粧の中心はアイメイクに
・店頭販売の売上減
・訪日外国人減少による化粧品の売上減
2023年9月現在、新型コロナウイルスの流行もようやく落ち着きを見せ、実店舗にも客足が戻ってきておりますが、今回のコロナ禍をきっかけにEC利用は定着しつつあると考えられ、下記記事にあるように、ECでの初購入者の6割が実際の商品を確認せずに購入するなど、ECに対する抵抗がなくなってきている中で、業界として今後のEC化は加速せざるを得ないでしょう。
しかし、この状況をEC化を進めるためのチャンスと捉えることもできるはずです。今までは実店舗で売上が大きかったために、社内や役員の間で「EC化への重要度」が小さかった企業でも、EC化に乗り出しやすい時代になったと言えます。
例えば、アイメイクやマスクに特化したサービスをECサイトで販売し、プロモーションに成功すれば競合他社を引き離す大きなチャンスとなります。多くの企業がコロナ禍の中で苦戦が続いておりますが、時代に適応し、その中でチャンスを見出していくことが求められるのです。
このようにECシステムは時代の変化に合わせて変更が頻繁に起こりやすいシステムなので、変化に柔軟に対応できるクラウドサービスの利用を検討するのも良いでしょう。弊社のクラウドコマースプラットフォーム「ebisumart」はクラウドサービスでありながら、カスタマイズやシステム連携が可能であるため、EC化を進める際には、他社サービスとともに検討していただければ幸いです。
クラウドコマースプラットフォーム「ebisumart」
資料では、この記事で紹介した他にも、化粧品・理美容品業界にありがちな3つの課題の解決方法を紹介しています。ぜひご覧ください。
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